大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 平成8年(あ)481号 決定

本店所在地

青森県五所川原市大字漆川字鍋懸一八九番地四

イズミボウリングセンター株式会社

右代表者代表取締役

齊藤淑人

本籍・住居

青森県北津軽郡金木町大字嘉瀬字端山崎一五二番地の一

会社役員

齊藤淑人

昭和二二年二月八日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成八年三月二五日仙台高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

当審における訴訟費用は、その二分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

被告人両名の弁護人萱場健一郎の上告趣意第一は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反の主張であり、同第二は、被告人齊藤淑人に関する量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項本文により、裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

上告趣意書

被告人 イズミボウリングセンター株式会社

被告人 齊藤淑人

右の被告人らに対する平成八年(あ)第四八一号法人税法違反被告事件について当弁護人の上告趣意は、左記のとおりである。

平成八年七月一〇日

弁護人 萱場健一郎

最高裁判所第二小法廷刑事係 御中

第一 憲法第三八条一項違反

一 本上告趣意第一点は、貴庁昭和五九年三月二七日刑集三八巻五号二〇三七頁の変更を求めるものである。

二 即ち、国税犯則取締法第一条に基づく質問手続きは、その手続き自体が捜査手続きと類以し、これと共通するところがあるばかりでなく、右質問等による調査の対象となる犯則事件は、間接国税以外の国税について同法一二条ノ二又は同法十七条各所定の告発により被疑事件となって刑事手続きに移行し、告発前の右調査手続きにおいて得られた質問顛末書等の資料も、右被疑事件についての捜査及び訴追の証拠資料として利用されることが予定されていること、並びに、国税犯則取締法上の質問調査の手続きが、犯則嫌疑者については、自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項についても供述を求めることになるもので、実質上刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものであって、憲法第三八条一項の規定による供述拒否権の保障が及ぶものについては、前記引用の最判昭和五九年判決も認めるところである。

三 問題は、このように国税犯則取締法第一条の質問手続きにも憲法第三八条一項の黙秘権の保障が及ぶものとして、黙秘権が保障されれば、その供述拒否権の告知義務が取調側(調査側)に義務づけられるのかという点である。そして、前記判例は、これを立法政策の問題とするが、当弁護人は、黙秘権の保障は供述拒否権の告知を欠いてはその実効性を担保できず、当然に憲法第三八条一項は、取調べ側に対して供述拒否権の告知義務を課しているものであって、その告知をしないまま行われた国税犯則取締法第一条の質問手続きにより作成された本件質問顛末書二〇通は、憲法第三八条一項に違反するものであって、その証拠能力を否定すべきであるのに、これを証拠採用して被告人を有罪とした第一審判決を支持した原審判決は、憲法の解釈を誤った違憲の判決であるので、刑事訴訟法第四〇五条一号後段に基づき、本上告の申立てをするものである。

以下、分説する。

四 まず、そもそも憲法が、黙秘権を保障した趣旨は、人間性に対する配慮と自白偏重による人権無視を防止しようとする考慮とに基づく(佐藤幸治「憲法」第三版六〇三頁ご参照)。

そして、この黙秘権の保障とは沿革的に言えば、一七世紀のイギリスにおいて、すでに確立した権利であるとしてコモンローによって承認されたものであるが、これが自己に不利益な供述を強要することにより取調べ手続きが必然的に糾問的になりその過程で人権侵害が誘発されることになるという経験則に基づいて生じた人権なのであって、この人権は普遍的な権利として近代立憲主義体制をとるすべての個に承認されている人権なのである。

五 即ち、黙秘権の保障とは、もともとこのような取調べ側に対する手続き準則を確立することにより、取調べの過程における人権侵害を未然に防止することを目的とするものであって、単に黙秘権があることを知っている者がこれを行使しうるに留まるというのでは、黙秘権を保障した趣旨が初めから没却されてしまうのである。

六 そうであるとすれば、憲法第三八条一項の黙秘権の保障とは、単に供述者が黙秘権を行使しうることを保障したに止まらず、更に一歩進んで取調べに先立ち取調べ側が供述者に対して供述拒否権がある旨を告知することの保障をも含んでいると解釈すべきであって、このような供述拒否権の告知義務は、単なる立法政策の問題とは到底言いがたく、憲法第三八条一項の要請と解すべきは当然である。

七 従って、国税犯則取締法上、供述拒否権の告知に関する規定が存在しないとしても同法による質問手続きにおいては、刑事訴訟法第一九八条二項の規定が準用されるというべきであって、結局供述拒否権の告知を欠いた本件質問手続きは、同法条ひいては憲法第三八条一項に違反し、そこで作成された本件質問顛末書二〇通の証拠能力はないと言わなくてはならない。

八 仮に百歩譲って、憲法第三八条一項により国税犯則事件一般について、収税官吏に供述拒否権の告知を義務づけることができないとの解釈を取ったとしても(但し、そのような解釈は、憲法第三八条一項の趣旨に反すること明らかなことは前述のとおりであるが)、本件の具体的事案においては、やはり憲法第三八条一項に違反するというべきである。

即ち、取調べ側に対して一般的な供述拒否権告知義務を認めない見解に立っても、積極的に供述義務があると誤信させたり、そこまでに至らなくとも、供述義務があると誤信している者に対して殊更に黙秘権を告知しない場合にはその不作為が黙秘権の侵害になる(例えば、「条解刑事訴訟法」弘文堂六一八頁)。そこで本件について考えると、被告人は、本件についてまだ告発がなされていない段階、即ち国税犯則取締法上の質問検査手続きが行われていた段階において、収税官吏により過去の事例からして本件について少なくとも代表者個人まで刑事責任を追及されることはないであろう旨の予測を聞いており(これに反する証拠はどこにもない)、そもそも自己負罪自体が問題とならないと考えさせられていたのであって、その供述が自己の刑事責任に結びつくことはないとの誤信から供述をし続け、かつそのような状況を収税官吏も十分知っていたのであって、このような状況において、被告人に対して供述拒否権を告知しないことは、言わば被告人の錯誤乃至無知を利用して被告人の供述を聴取したものと評価されてもやむを得ないものである。そして、そもそもこのような被告人の無知による供述の聴取を制度的に防止するものが供述拒否権の告知義務であって、憲法第三八条一項により一般的に保障されていると解釈すべきこと前述のとおりであるが、仮にその一般的な保障まで及ばないとしても、少なくとも本件事案のように一方で利益誘導的な発言をしながら他方で被告人の無知に乗じて供述を聴取することが黙秘権の侵害になることは明らかであって、そのような手続きを経て聴取された本件質問顛末書二〇通は憲法違反の手続きにより獲得された違法違憲な証拠であって、証拠排除されるべきは当然である。

第二 量刑不当

一 原告は被告人齊藤に対して懲役一年執行猶予三年の懲役刑を言い渡した第一審判決に対する被告人の量刑不当の主張を退けているが、もともと本件は、収税官吏により起訴事案ではないという話があったくらい、法人税法違反と言っても、その脱税額は起訴不起訴の選別線上のものであって、仮に起訴となってもその量刑としては本来罰金刑が相当な事案というべきである。

二 また、原判決は事案の悪質性を指摘しようとするが、そもそも法人税法違反事件は故意による所得隠しを処罰対象とするものであって、本件程度の所得隠しが格別その態様が悪質というものではないし、被告人がすでに修正申告を行い、各本税のほか、高額の延滞税はもちろん、重加算税まで納付をし、すでに十分すぎる社会的な制裁をうけていること、被告人にはこれまで前科前歴がなく、もちろん初めて公判請求であることなどを考慮するならば、本件でいきなり執行猶予付と雖も懲役刑を選択することは、刑の量定が甚だしく不当であって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると言わなければならない。

三 従って、刑事訴訟法第四一一条二号に基づき、貴庁の職権をもって原判決を破棄されることを求めるものである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例